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スパイス・ルーム
1995
ターメリック(カレーパウダー), ビニール
サイズ可変
Installation view at Ciang Mai Social Installation, Ciang Mai, Thailand, 1995
Photography by Tartaruga
チェンマイにて滞在制作したインスタレーション<スパイス・ルーム>において廣瀬は、伝統的な高床式の家屋の板張りの床一面に芳しいカレーパウダーを撒いた。タイというその場所へのオマージュとして、タイ人のソウルフードであるカレー粉やタイの小乗仏教における高貴な色としての黄色を”場の記憶”としてインスタレーションした。風に吹かれカレー粉の匂いが周囲に広がる。風のふくままにそれは動き、失われて行く。強い実体性をもちながら、非物質的な不在の軽さをひらめかせるもの、廣瀬にとって”香り”とはそのようなものの総称である。
香りは五感のなかで最も原初的な記憶と結びついている。大脳皮質の形成過程で嗅覚は最も初期に形成されるからだ。我々の視党記憶は容易に錯誤と記憶の混乱のなかで混合するが、嗅覚は決して混乱したりはしない。わらの香り、オレンジの香り、愛した人の香り....、それらは強烈な”存在”としての記憶に結びつき、タイムトリップを生じさせる。それが知性ともっとも遠いものであるがゆえに、まがいものではない記憶の所在を掘り当てるのだ。が、しばしば精巧につくられた疑似的な香りはこの最後の原始的な歓喜にまで侵入し、ヴァーチヤルな記憶の引き金となる。感覚を実体と天秤にかけるような操作が廣瀬の作品の本質を形成する。しばしば廣瀬が言及する、物質と精神、自然と人工、自己と他者、といった二元論の乗り越えの実践は、この視覚中心の世界観、知的分析的世界観への遠心カと結びついている。